地域保健情報学Community Health Communication

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健康格差はなぜおこる?

 異なる地理、社会経済状況にある集団間において健康状態、寿命の差異が生じる、「健康格差(health disparities)」は、世界中で起きている事象です。日本は国民皆保険制度があること、また所得格差、教育格差がこれまで大きく論じられることがなかったためか、健康格差という言葉が着目されるようになったのは最近のことで、2012年の国民の健康づくり対策(健康日本21(第二次))において健康格差の縮小が主要目標として初めて明記されるようになりました。健康格差はなぜ生じるのでしょうか?健康格差が生じる背景については、ライフステージによるもの、その国の政策・制度や社会的規範などがありますが1)、ここではヘルスコミュニケーション・保健情報の視点から述べていきます。

 例えば教育歴との関連で考えると、識字(リテラシー)が低い人は文字情報の理解力が乏しいことから紙に書かれた処方箋が読めない、数字の理解(Numeracy)ができずに適切な量が分からないなど健康問題への対処に困難をきたします2,3)。日本でも社会経済状況が健康情報のアクセスとの関連について報告されており、教育歴、所得が低い集団は健康情報の収集量が少ない傾向にありました4)。また健康を含めて現在、情報の多くがインターネット上で検索することで容易に入手することが可能となりましたが、コンピューターを持っていない(経済的理由)、あるいは使えない人(教育、年齢)にとっては情報を入手することができないために、インターネットの利用が可能な人と比べて情報量が少なくなってしまいます。さらに移民にとっては、母語と異なる言葉が流暢でない、読み書きが困難なことから、健康情報へのアクセスや理解が不十分で医療者とのコミュニケーションが難しくなり、健康格差を生じるきっかけとなります。健康行動、治療の決定、医療安全上、医療者と医療消費者(患者・利用者)間の良好なコミュニケーションは必須といえますが、アメリカでは「英語の非流暢性(poor English proficiency)」「異文化」「ヘルスリテラシーの低さ」は、ヘルスコミュニケーションを阻害する3大脅威(Triple Threats)と形容されています5)。移民やエスニックマイノリティ集団がヘルスコミュニケーションによる健康格差の課題を最も抱えている集団といえるのではないでしょうか。

医療者―医療消費者間のヘルスコミュニケーションに影響する3大要因:異文化/言語の違い/ヘルスリテラシー

参考・引用文献

  1. 日本プライマリ・ケア連合学会ホームページ.健康格差に対する見解と行動指針.
    https://www.primary-care.or.jp/sdh/analysis/
  2. Karter AJ, Stevens MR, Brown AF, et al. Educational disparities in health behaviours among patients with diabetes: the Translating Research Into Action for Diabetes (TRIAD) study. BMC Public Health, 7: 308, 2007.
  3. Lam T, Cheng YH, Chan YL. Low literacy Chinese patients: how are they affected and how do they cope with health matters? A qualitative study. BMC Public Health, 4:14, 2004.
  4. Ishikawa Y, Nishiuchi H, Hayashi H, Viswanath K. Socioeconomic status and health communication inequalities in Japan: a nationwide cross-sectional survey. Plos One, 7(7):e40664, 2012.
  5. Schyve PM. Language Differences as a Barrier to Quality and Safety in Health Care: The Joint Commission Perspective. Journal of General Internal Medicine, 22: 360-361, 2007.

健康格差の縮小にむけたヘルスコミュニケーション介入

 健康格差を縮小するためのヘルスコミュニケーションの介入として、Freimuthらはエンターテイメント教育(entertainment-education)、メディア・アドボカシー(media advocacy)、新しいテクノロジー、対人コミュニケーションの4つに分類しています1)。エンターテイメント教育とは、講義形式の健康教育ではなく、テレビドラマや演劇などにより健康について理解を深めて、自らの健康行動に反映するというものです。日本でも健康情報番組はテレビで数多く放映されており、健康情報源をテレビから得ている人は他のメディアと比べても多い実態があります2)。Freimuthらはマイノリティ集団は特にエンターテイメント教育からの情報入手が、マジョリティ集団に比べて多いことを指摘しています1)。日本では日本人と外国人の健康情報入手の比較を行った研究は見当たりませんが、高齢外国人(コリアン、ベトナム人、中国人)を対象とした調査ではテレビからの情報を得ている人がいずれの集団においても最も多かった実態が把握されました3)

 メディア・アドボカシーは公共政策上重要な健康課題を、コミュニティ組織とマスメディアが協働して提唱していく戦略です1)。新しいテクノロジーは、双方向性技術(interactive technology)でインターネットを通して個人の知識や言語、文化に合わせた情報、つまりオーダーメイド(テイラード)情報を提供することでヘルスリテラシーの向上への有効性が考えられています4)。そして4つの介入の中でも最も重要と考えられるのが、対人コミュニケーション(医療者―医療消費者間コミュニケーション)です。医療者がもたらす情報は、医療消費者にとっては信頼性のあるべき情報であり、健康行動や治療の選択・意思決定の最も影響をもたらす内容といえます。医療消費者に対する健康教育を行うよりも、医療者がコミュニケーション・スキルを向上することで、医療消費者の自己効力感(self-efficacy)や服薬アドヒアランス、血圧改善に至ったという報告されていることから5)、健康格差の縮小に向けて医療者のヘルスコミュニケーション理解の促進が望まれます。

健康格差を縮小するための4つのヘルスコミュニケーション介入:双方向性コミュニケーション技術/健康教育/メディア・アドボガシー/対人コミュニケーション

参考・引用文献

  1. Freimuth VS, Quinn SC. The contributions of health communication to eliminating health disparities. American Journal of Public Health, 94(12):2053-2055, 2004.
  2. Aihara Y, Minai J. Barriers and catalysts of nutrition literacy among elderly Japanese people. Health Promotion International, 26(4):421-431, 2011.
  3. 相原洋子.多文化社会における地域包括ケア:ヘルスリテラシーをキーワードに考える.2018.
  4. Jacobs RJ, Caballero J, Ownby RL, Kane MN. Development of a culturally appropriate computer-delivered tailored internet-based health literacy intervention for Spanish-dominant Hispanics living with HIV. BMC Medical Informatics & Decision Making, 14:103, 2014.
  5. Tavakoly SS, Peyman N, Behzhad F, Esmaeily H, Taghipoor A, Ferns G. Health providers' communication skills training affects hypertension outcomes. Medical Teacher, 40(2):154‐163, 2018.

文化とヘルスコミュニケーション

 2002年に全米医学アカデミーが発刊した「Speaking of Health: assessing health communication strategies for diverse populations」では、ヘルスコミュニケーションの中で文化的検証が十分になされていないことが指摘されています1)。コミュニケーションや情報のやりとりの過程において共通言語であることは重要ですが、単に既存のパンフレットや健康教材の言語訳を行うだけでは、エスニックマイノリティの健康課題の解決にはつながらないことも報告されています2)。Luengらが中華系アメリカ人1世の糖尿コントロールにむけたヘルスリテラシーについて行った質的研究は、ヘルスコミュニケーションの中に文化や信念(価値観)がヘルスコミュニケーションに影響してくる過程を深く掘り下げて論じています3)。私たちは育ってきた社会の中で健康に対する考え方や、医療保健に対する期待と価値観、信念が形成されていくものであるため、普段のコミュニケーションの中でもこれらの文化の違いがあることを認識しておく必要があると考えます。ヘルスコミュニケーションの中で文化をどのように規定していくかを考えるうえで、McGuireのコミュニケーション・説得モデル4)で述べられているコミュニケーションの基盤となる「情報源(Source)、伝達内容(message)、伝達様式(Channel)、受け手(receiver)、目的(destination)」の5つの要因において文化的配慮が求められます。例えば情報源では、同じ情報でも医療従事者が述べるのか、一般住民が述べるのかにより信頼性の印象が異なるのと同様に、同じ民族の人からの発信かどうかで情報源の印象が変わることが知られています。また伝達内容では、行動変容を目標としたメッセージが悪影響に着目したものか(例:喫煙は肺がんの発症リスクを高めます)、リスクを減らすことで好影響に着目したものか(例:禁煙により肺がんリスクを下げることができます)といったメッセージフレーミング5)は、文化背景により好みがあると考えられます。エスニックマイノリティにとって効果的なヘルスコミュニケーションの介入には、医療者の文化的能力(文化コンピテンシー)を上げることなど6)、地域保健で扱うヘルスコミュニケーションにおいて文化的役割を考慮していく必要があります。

参考・引用文献

  1. Institute of Medicine. Speaking of Health: Assessing health communication strategies for diverse populations. National Academies Press: Washington DC., 2002.
  2. Gucciardi E, Smith PL, DeMelo M. Use of diabetes resources in adults attending a self-management education program. Patient Education & Counselling, 64:328-332, 2006.
  3. Leung AYM, Bo A, Hsiao HY, Wang SS, Chi I. Health literacy issues in the care of Chinese American immigrants with diabetes: a qualitative study. BMJ Open, 4:e005294, 2014.
  4. McGuire W. Theoretical foundations of campaigns. In Public Communication Campaigns. Rice R, Atkin C (ed). Sage: Newbury Park, CA, 1989.
  5. エイブラハム C,クルーズM(竹中晃二、上地広昭訳).行動変容を促すヘルス・コミュニケーション:根拠に基づく健康情報の伝え方.北大路書房:京都市,2018.
  6. Henderson S, Kendall E, See L. The effectiveness of culturally appropriate interventions to manage or prevent chronic disease in culturally and linguistically diverse communities: a systematic literature review. Health and Social Care in the Community, 19(3):225-249, 2011.

健康格差とヘルスコミュニケーションについての参考となる書籍

  • Dutta MJ, Kreps GL (Ed). Reducing health disparities: Communication interventions. Peter Lang Publishing, NY., 2013.
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